ばーちゃんとひつじProject

*この資料は、2017年十勝イノベーションプログラム第3期(TIP3)で企画立案した「とかちのブランケット」を加筆修正したものです。

ジンギスカン、召し上がったことありますか?

日本全国に羊を食べる文化はありますが、道外からお越しになる方にとって北海道の食と言えば、魚介ならカニ・イクラ・ウニ、肉ならジンギスカン、豚丼を思い浮かべるのではないでしょうか。乳製品ならソフトクリームかチーズ。カレーならインデアン。異論よりも追加項目ウエルカム!

来道の際は、胃袋四つに増やす勢いで食べてってくださいね♪

さてはて、ジンギスカンの原料は、この可愛い羊。

十勝地方にも約3000頭の羊がいます。

美味しく育てられ、ラム肉は高級食材として活躍中です。(…残念ながら、市販のジンギスカンはほとんどがNZ産か豪州産です、あしからず。十勝で十勝産の羊が召し上がりたい方は、何件かありますので是非!)

羊は、おいしいだけではありません。ご存知のように、毛も使えます。

品種によって異なりますが、1頭当たり2㎏の羊毛が採れるとしたら、十勝でも毎年6tは収穫できるはず。ですが、<十勝産羊毛で特産品を作った>…という話はあまり耳にしません。

実は、十勝に限らず国産の羊毛は品質にばらつきがあり、「工場で均質なものを大量に作る」ということには向いていないため、一部高品質なものを売る以外は、ほとんど使われていないという現状があります。(…2020年に入って、国産羊毛のアパレル企業が出来た…との話も聞きますが、十勝の牧場も入ってるのかな?)

なぜ品質にばらつきがあるかというと、理由はいろいろあるみたいですが、ざっくり言うと、

・日本で牧羊導入時は毛が目的で全国各地にめん羊基地が出来た。特に寒冷地(もちろん北海道にも!)

・どんな品種が日本の風土に適している合うのかわからないのでいろいろな品種が導入された(今は門外不出のレアシープも!?)。

☆毛の需要が公私で高まり、農家や個人で羊が飼われるようになる(めん羊120万頭計画!)

・戦後、海外から安い羊毛が入ってくるようになったので、毛→肉と目的がチェンジして羊の数が激減した(1950年代 約950,000頭→現在 約17,000頭)。

・羊の数が少なくて近親交配を避けるために交雑化が進んだ(肉用種メイン)

・毛質は品種・生育環境によって異なる→毛質多様

という流れがあったからです。

で、上記の☆「毛の需要が公私で高まり、農家や個人で羊が飼われるようになる」という事象は、十勝にもありました。

戦後くらいまでは農家だけでなく市街地でも自家用に羊を少頭数飼い、家族のために防寒着を作る文化があったのです。

国策で羊が増やされていた時は、よい部分の毛は紡績工場へ、そうでないものは毛質に合わせて分類し、手仕事で立派な日用品にしてつかってきたという歴史が「十勝」にもあって、そういった手仕事のぬくもりに人々が護られていたのは、実はそんなに昔の話ではありません。

「羊毛文化」を実体験としてもち、作業の担い手であったのが、今「お年寄り」と言われる世代です。今もイベントなどで糸紡ぎしてると、中高年の方々に「懐かしー!」「昔母ちゃんがやってたわー」という言葉をよくかけられます。

身体で覚えたことは、存外忘れないものです。誰かのためにしてたことなら、なおさら。

その「お年寄り」の中には、介護施設に生活の場を移した方や、認知症を有している方もいるでしょう。

では、そういった方々が、昔ながらの手仕事や馴染みのある羊毛の感触に触れれば何が生まれるでしょうか。

こちらは、このプロジェクトに賛同してくれた「ケアサポート ワンズホーム」に羊毛と紡毛機をもって行ったときの様子です。紡毛機を見てやったことがあるとおっしゃった方が、余裕で紡いでます。実は軽度の片麻痺で、普段支援されているスタッフさんも、こんなにできると思っていなかった、と話されてました。何より、両手足を使っての糸紡ぎの難しさを体験したスタッフさんは、「こんなのできるなんてすごい!」と感心されてました。

糸紡ぎは出来なくても、羊毛をほぐしたり梳かしたりすることはできます。

作業工程や動作を細かく区分すると、その人が出来ることが見えてくるので、個人の状態に合わせたことをその人のペースでしてもらえます。

集まって作業をしながら、とりとめもなくお話をする。それも昔ながらの作業場の風景ではないでしょうか?

認知症だからといって何も感じないわけではありません。作業に楽しさや達成感が得られれば、幸福度や満足度が高まるという研究報告もあります。

1分おきにトイレを訴えていた方が、30分以上作業に熱中していたこともあります。集中して何かを取り組んでいるときは、不安ごとから目をそらすこともできるようです。

作業だけではありません、身体活動に誘発されて思い出を語りだすこともあります。アクティブな回想法は、その人らしい感情の呼び水となり、時に気分を落ち着かせ不安を和らげるでしょう。

羊の減少とともに消した小規模の紡績工場は、既に日本になく、失われつつあります。そういった手仕事の話や技術は、認知症高齢者を文化の伝承者と変えます。

ましてや、商品として売られているものの制作作業に携わって賃金が得られるとなれば、それは普通に「仕事」です。

消費だけでなく生産する側に身を置くことは、より達成感や自己有用感も得られるのでしょう。

わたしはひつじでは、その一助になることを願って「十勝管内の羊牧場で収穫された羊毛を、高齢者施設に持参し、要介護高齢者に、参加の意思を確認した上で、出来る範囲の作業をしていただき、工賃を支払う」という活動をしております。

主旨を共有していただくために、資料をお配りし、依頼書を発行して、説明する時間もいただいてます。

(作業する羊毛は、できる限り参加者さんに選んでもらうようにしてます)

作業が馴染めば、日々の隙間時間に取り組んでいただくこともできます。そのために必要な道具の貸し出しも行っております。

作業中にはこのようなポップを出して、居合わせた方々に何をやっているのかを示しています。

また、その時の様子を記録し共有してます。日々のケアに役立ていただいたり、作業が生活に与える影響を科学的に分析すれば、何らかの知見も得られるでしょう。

…介護系の学生さんが卒業研究の題材にしてくれないかな…と密かに思ってます(苦笑)

「その人らしく生きるということは、

福祉じゃなくて、誰にでもある基本的人権」

こういうことをしていると、ボランティア素晴らしいですね、社会貢献ですね、とよく言われます。福祉事業だね、と乱暴にカテゴライズされることも多々あるのですが、違います。

ばーちゃんとひつじプロジェクトは「基本的人権」の話で、わたしはひつじにとっては

「羊の恵みが、あなたの日々を豊かにしてくれますように」

「羊をツールに、よりよく生きるお手伝いをする」

という、基本理念や行動原理にのっとったビジネスです。

取り扱っていただくものは、羊飼いが一年かけて羊を育て収穫してくれた十勝産羊毛で、それはわたしはひつじの資産であることを念を押して説明してます。

関わっていただいた羊毛で作り上げた物を販売してますし、匿名性に配慮することを条件に、活動内容を対外的に公表することもご了承いただいてます。

慈善事業のつもりはありません。

アクティビティプログラムとしてこの事業を介護施設に買っていただくことも、していません。それをしてしまうと、介護施設在住者は「支援が必要な人」という立場から抜け出せなくなりますから。

わたしはひつじにとって、参加してくださる皆さまは丁寧に作業してくれる職人であり、昔の手仕事や羊との生活を教えてくださる先生です。

また、わたしはひつじは編み物を地域在住の名人にお願いしてます。まだ若い方の方が多いですが、誰もが年を取ります。

好きなことを続けることで、内職賃を得る。将来誰かの手を借りて生活する状態になっても生活の場を移しても、自分の培った技術で労働の対価を得られる。

自分らしく生活できる未来があれば、自分たちの住む地域がそういう場所であれば、高齢期の漠然とした不安をほんの少し軽減できませんか?

地域の羊毛を活用したモノづくりは、十勝の羊毛文化を復興する一助になるでしょうし、可愛いくて美味しい十勝の羊を、より魅力的な資源に変え、新たな産業となる可能性があります。

これらがうまくいけば、施設高齢者を要介護者から働き手に変え、各世代をつなぎ、豊かな地域社会を形成する、小さくても経済を回す仕組みの一つにもなるのではないでしょうか。

わたしはたまたま羊をツールに選びましたが、誰かを幸せにする手仕事は他にもたくさんあるでしょう。その地域・風土に根差した、関わる人が「みんなしあわせ」になるシステムが、日本のあちこちで生まれることを願ってます。

長文にお付き合いくださりありがとうございます。